医学生が臨床能力を習得する最も効果的な方法は,医療チームの一員として実際の医療に参加し,医療を実践するのに必要であるが今の自身には欠けているものを発見し,それを身につけていくこと,すなわち診療参加型臨床実習である。共用試験(CBT)はその実習を開始するにあたって必要な知識,技能,態度を担保するために実施されている。
医学知識の領域で特に重要視されるのは臨床推論能力と臨床決断能力で,これは言いかえると診断能力と治療法の選択能力のことである。
科学的医学は診断のためのツールを持っている。病態生理学的推論と臨床疫学である。病態生理学的推論によって症候から可能性ある診断を網羅的に列挙する。他の症候や重要な検査データからそれらの多くを除外したり,臨床疫学のデータを使って優先順位をつけたりすることで,臨床の場では通常 1 つまたはせいぜい数個の鑑別診断にまで絞り込むことができる。
これらの思考過程は,経験豊富な医師の専門分野では無意識的,直観的に進められるが,初学者,経験の浅い医師,非専門分野では一人ひとりの患者について,医療面接と身体診察から得られた症候について,病態生理によって根拠づけられたフローチャートなどを用いて除外診断を繰り返し,診断を絞り込んでいく「多分岐法」をとるのが確実で,見逃しがない。
本書は医学教育モデル・コア・カリキュラムに記された 36 の症候・病態について,症候の認知から初期治療にいたるまでの推論・決断過程を,1.症候の定義,2.症候の病態生理,3.症候の見方・考え方,4.確定診断までのプロセス,5.医療面接のポイント,6.身体診察のポイント,7.検査のポイント,8.初期対応のポイント,の共通の項立てで解説し,それに続いてその知識を応用できるようになるための練習問題とその解説を加えたものである。4.で図示されている確定診断までのフローチャートは,臨床医が臨床の場で利用している多分岐型思考手順を再現して作成されたものである。
本書が臨床実習前の医学生の診断・初期治療能力習得のための強力な理論的支柱となるだけでなく,臨床実習の場で臨床能力を高め,国試問題を臨床の文脈で合理的に解答するために役立つことを確信している。
平成 22 年 7 月
著者を代表して
安田幸雄