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ヒューマン・セキュリティ ― ヒューマン・ケアの視点から

教育・福祉・看護・医療等を統合して捉え,環境破壊・人権侵害・難民・貧困などの脅威から人間の生存・生活を守る

ヒューマン・セキュリティ ― ヒューマン・ケアの視点から

販売中
   紙書籍 
松田ひとみ(筑波大学・教授)他編
執筆者一覧
A5判,216頁,1色刷
2013/04/08発行
¥2,640(本体¥2,400+税¥240)
ISBN 978-4-86399-172-9
「人間の生存・生活・尊厳を守り,豊かな可能性を実現する」ヒューマン・セキュリティ。その理論と実際を,「ケア」の考え方と融合させてわかりやすく紹介!
国連開発計画で提唱されているヒューマン・セキュリティ=人間の安全保障の概念を中心に,医学,看護学,保健社会学,法学,政治学などの多領域の学者が学際的に連携!
環境破壊,人権侵害,ドメスティックバイオレンス,難民,貧困,…といった生命・生活を脅かす現象を多角的に考察し,平和な世界を実現する方途を探る!

序――本書のねらい
 本書は,今世紀に求められる人間の安全保障(ヒューマン・セキュリティ)として,ケアリングの視点を融合させることによる意義を探求した論文集である。
 2011年3月11日発生の東日本大震災は世界中を震撼させたが,平和といわれる日本社会で暮らしてきたわれわれが,まさしくヒューマン・セキュリティを必要とする当事者となった。このときから2年を経過した2013年の今であるからこそ,あらためて苦しみの中にある人々を想い,これを支援する科学として,日本から諸外国に発信するヒューマン・セキュリティ&ケアの成果と可能性を見出すことを課題とした。
 本書は,ヒューマン・セキュリティを人々により身近な視線で理論的・実践的に展開することをめざし,本来高度に専門的な学問領域である医学,看護学,保健社会学,法学,政治学等の学際的な連携を著す試みであり,主に2つのねらいがある。
 第一に,世界中のすべての人々がヒューマン・セキュリティの担い手になることを願い,その理論と実際をよりわかりやすく紹介し,課題を展望すること。
 第二に,ヒューマン・ケア科学の視点から人々の安寧を脅かす諸現象を多角的に捉え,ヒューマン・セキュリティの理論との学際的な融合性や活用可能性を探ること。
 第一のねらいは,ヒューマン・セキュリティの用語や概念が専門家だけのものではなく,人々に十分に理解しやすいように説明することである。これまでの数多くのヒューマン・セキリュティに関する著作では,国政や国家間の対立・紛争などのシビアな現象を取り上げているためか,きわめて政治的な枠組みで捉えられる傾向にあった。すなわち,専門家が登壇した舞台で一般の人々はわき役のように遠方に押しやられ,難解さのみが支配していたような印象があった。
 また,ヒューマン・セキュリティは,当然のことながら自国内に限定したナショナル・セキュリティにとどまらず,国々の連携によってよりよく目的を達成していくと思われる。その目的は,人々の生命と暮らしを守り,世界平和を実現することである。したがって,世界中のすべての人々がヒューマン・セキュリティの主役であり,これを推進する担い手といえる。すべての人がヒューマン・セキュリティの理論を知り,自分や家族,地域社会,国家,世界のために活動するというように,どのスタンスからでも参画する準備ができるようにすることである。さらには,自らの生活を振り返り,育児や介護,家事や家族の健康管理などの普段の暮らし(日常性)の中にヒューマン・セキュリティが存在していることを知らせることである。
 第二のねらいは,ヒューマン・セキュリティを必要とする背景の貧困,病,災害や紛争などには,そこに心身ともに苦しみ傷ついている人々がいることを注視し,ケアを連動させていくということである。つまり,生命や人権を脅かされた人々は,ケアを求めているのであり,問題解決のプロセスを着実に歩むとしたらヒューマン・ケア科学の理念(哲学)と活動の視点は不可欠である。
 ちなみに,ケアについては1971年に出版されたミルトン・メイヤロフによる『ケアの本質』(On Caring )によって説明されることが多い。その一部を抜粋すると,「一人の人格をケアするとは,最も深い意味で,その人が成長すること,自己実現することをたすけることである」。「他の人々をケアすることをとおして,他の人々に役立つことによって,ケアする人は自身の生の真の意味を生きているのである」。同氏はニューヨーク州立大学の哲学の教授であったが,ケアに対して深い価値を付与するとともに,ケアの担い手にケアの成否を託したのである。
 このようにケアとは,担い手側に多くの試練を与え,自己の直接的な利益ではなく,他者のために尽くすことで自分の生きる意味に到達するという道程を歩まなければならない。これはイエス・キリストの「(自分は)仕えられるためではなく仕えるためにこの世に来た」という思想につながる。仕えることは,「空腹の者に食べさせ,渇いている者に飲ませ,旅人に宿を貸し,裸の者に着せ,病人を見舞い,獄にいる者を訪ねること」であるという。支援を必要とする他者のために,仕え,社会貢献によって,自己の生きる意味を見出すことがケアの原点といえる。また,非常に興味深いことにケアの語源は古い英語とゴシック語からきているKARA(悲嘆)である。すなわち,ケアを必要とする人が主体となっていた。悲嘆から,現在認識されている愛や世話,あるいは関心などに変転したのである。つまり,ケアには2つの主体による意味が包含されていると想定され,安全性が脅かされ苦悩や悲嘆の中にある人と,これらの状況を捉えケアを提供する人との密接不離の関係性によって成立するといえよう。
 このようなケアの構造や中心理念を踏まえると,ヒューマン・セキュリティの具体的な展開のために有用であることは明らかである。
 以上のねらいのもとで,本書はヒューマン・セキュリティ&ケアの視点から次のような3部構成となっている。
 第Ⅰ部は,ヒューマン・セキュリティに関して国際的な活動実績がある福島安紀子氏と田瀬和夫氏の講演をもとにした内容であるが,時代により推移してきた理論の背景と紛争地の事例などを取り上げ,わかりやすく論じている。
 第Ⅱ部は,現在,子どもや高齢者,労働者,難民と発展途上国の人々がさまざまな状況下でその心身の安寧を脅かされているが,これらを健康面や政策面から分析し,論じている。
 第Ⅲ部は,環境面として,化学物質,電磁波が身体に及ぼす影響や食品バイオテロの諸国の対応とともに,予防原則という立場から,理論的にヒューマン・セキュリティの課題を展望している。
 本書が,ヒューマン・セキュリティ&ケアの理論と活動を相互に往来させることによって,その理念が具現化されることを提言した書となるとともに,世界平和のために貢献しうる人材が一人でも多く輩出される機会になれば幸甚である。
 2013年2月

松田ひとみ  

目次
第Ⅰ部 ヒューマン・セキュリティを考える
1.グローバル化する多様な脅威と「人間の安全保障」
 1.1 なぜ「人間の安全保障」なのか
 1.2 「人間の安全保障」とは何か――定義論争
 1.3 日本とカナダの「人間の安全保障」への取り組み
 1.4 定義論争の収斂
 1.5 問われる実践
 1.6 「人間の安全保障」はこれからの時代に必要な理念なのか

2.「人間の安全保障」政策における国連と市民社会の連携の可能性
 2.1 ヒューマン・セキュリティとは何か
 2.2 狭義の人間の安全保障と広義の人間の安全保障
 2.3 人間の安全保障の付加価値と日本
 2.4 人間の安全保障指標
 2.5 エクササイズ―パキスタンの酸攻撃
 2.6 人間の安全保障のスコープの広さ

第Ⅱ部 ヒューマン・セキュリティ――ヒューマン・ケア科学からのアプローチ
3.身体障害者ケアワーカーのウェルビーイングと労働
 3.1 障害者支援施設における安全で良質なサービス
 3.2 旧身体障害者療護施設とは
 3.3 職員の仕事満足感と労働に関する調査
 3.4 分析対象者の属性と日常業務状況
 3.5 仕事満足感に関わる要因
 3.6 身体障害者ケアワーカーのウェルビーイングに向けて

4.在日難民の生活・医療・社会保障
 4.1 難民の生活問題
 4.2 難民の健康問題と医療
 4.3 難民と地域社会

5.家庭内の暴力に関する安全保障――ドメスティックバイオレンスに対する包括的対応
 5.1 ドメスティックバイオレンスの定義と現状
 5.2 ドメスティックバイオレンスが被害者に与える影響
 5.2 ドメスティックバイオレンス加害者の心理――なぜ繰り返すのか
 5.4 援助・介入

6.フィリピンにおける労働者の健康とセキュリティ
 6.1 フィリピンの歴史と社会
 6.2 フィリピンにおける医療保険制度の設立の経緯と内容
 6.3 アンケート調査の内容
 6.4 調査対象者の属性
 6.5 調査対象者の職種とワークスタイル
 6.6 調査対象者の健康状態・医療環境・健康意識
 6.7 貧困層とそれ以外の人々との比較
 6.8 フィリピンにおける労働者の医療問題と健康問題

7.アジアの高齢化および高齢者の自殺に関連する睡眠の質とうつ傾向
 7.1 日本の「高齢者の自殺」概念
 7.2 日本・台湾・フィリピンの高齢者にみられる健康問題
 7.3 中国吉林省の高齢者にみられる健康問題

8.グローバルエイジング――アジアの一員として
 8.1 アジアの高齢化と今後――日本の役割を踏まえて
 8.2 日本からの発信に当たって必要なこと

第Ⅲ部 ヒューマン・セキュリティと社会環境
9.人権としてのヒューマン・セキュリティと予防原則――放射能と電磁波の健康への影響を考える
 9.1 ヒューマン・セキュリティの内実と人権
 9.2 予防原則の活用
 9.3 放射能汚染と健康
 9.4 人工電磁波と健康

10.化学物質・電磁波と疾病――疫学調査の限界と予防的政策の必要性
 10.1 化学物質はヒトの疾病発症抑制機構を構造的に阻害する
 10.2 世界を「ナウシカ」化させる化学物質汚染
 10.3 環境汚染一般の健康への影響を調べる疫学調査の解釈には注意が必要である

11.バイオ・食セキュリティと人間安全保障――生命・生活を護るこれからの医・農・食・環境の戦略
 11.1 いま,わが国の「人間安全保障」に求められる課題とは
 11.2 多面化する「食糧安全保障」――低い自給率,食物の確保と「安全保障」のかかわり
 11.3 わが国の食の安全を脅かすもの――遅れるわが国の食品防御
 11.4 いま,世界で盛り上がる“one world,one health”への動き――問われるわが国の食・農と医療と環境保全への連帯
 11.5 世界の中の「水資源」問題――これからの日本の戦略的資源:都市と農村格差是正・産業と環境・生活基盤整備の鍵
 11.6 生物の種の壁を越えて,地域を越えて,国境を越えて拡大する感染症――バイオ・食テロの脅威,日本のセキュリティの構えは
 11.7 わが国の「国家安全保障と人間安全保障論議」の政策課題

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