第106回医師国家試験で,臨床問題・長文問題の主文に「まず行うべきなのは,現時点で実施すべきなのは,次に行うのは,…どれか。」と記された問題が数多く出現しました。これらの設問は,
医療面接−身体診察−検査−治療−評価−医療面接…と続く診療のスパイラルで連続するプロセスの一場面を切り取って提示し,その時点でこの患者さんに何が起こっているのか(
臨床推論),そしてその推論に基づく問題解決のための優先すべき検査・処置・治療・説明は何か(
臨床決断),を求めています。このような問題は第107回以降も引き続き多く出題されてきました。
世界的な規模で持続している医学教育改革の流れの中で,医学部卒業時点での到達目標は,医学的知識から臨床能力に大きく変わってきました。初期臨床研修をスムーズに開始できるような,卒前卒後で
連続性のある教育に向かっている,といえます。医学部卒業時までに習得した臨床能力を評価する際に,ペーパーテストで測定できるのは認知領域だけですので,医師国家試験においては,一般問題では医学の基本や疾患各論の知識を問う問題,そして臨床問題・長文問題ではそれらの知識を用いて患者さんの問題解決を行うための臨床推論,臨床決断の能力を測定する問題,が中心となっていくのは必然的であるといえます。
本書の目的は,医学部卒業時までに到達することが求められるレベルの,
臨床推論能力と臨床決断能力の習得の支援にあります。代表的な症候ごとに,エキスパートがキーワードなどを使って半ば無意識的に行う直感的な診断方法ではなく,医療の初心者が用心深く行う帰納法的な診断戦略を使って,診断仮説の形成,その仮説の検証,診断と治療の結合,の順で診断を確定していく,臨床推論過程の解説を目指しました。
本書の構成は,章立ては医師国家試験出題基準にある「
必修の基本的事項」の「
主要症候」に準じ,各症候について,まず医療の初心者や非専門分野の医師がたどる推論方式の一つである
診断のフローチャートを提示し,その解説と医学生が知っておくべき
鑑別疾患の一覧を記し,さらに演習問題と診断のフローチャートを利用した解き方を加えて,臨床推論のプロセスが医学部中・高学年の学生に理解できるよう分かりやすく記載しました。
本書が新しい医学教育の理念に沿った臨床医育成の一助になれば幸いです。
2014年8月
金沢医科大学 名誉教授
安田 幸雄