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よみがえれ医療 ―アメリカの経験から学ぶもの―

「医療崩壊」が叫ばれる現在,日本の医療はどうあるべきか? 問題点をえぐり出し,改革への処方箋を提示する
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よみがえれ医療 ―アメリカの経験から学ぶもの―

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北浜昭夫(米・チューレン大学医学部臨床外科教授 獨協医科大学医学部特任教授)
[みみずく舎:発行]
四六判,290頁,1色刷
2008/09/26発行
¥1,980(本体¥1,800+税¥180)
ISBN 978-4-87211-898-8
「医療崩壊に苦しむ日本の医療者が待ちに待った本」
──獨協医科大学学長 寺野 彰氏 推薦
医師不足,医療ミス,健康保険の大赤字,…日本の医療はどうなってしまうのか?
アメリカでの長い臨床・教育経験をもとに,アメリカの物まねでない,日本にふさわしい医療のあり方と,良い医者を作るための医学教育の方法を提示する。

はじめに
 この本を書くに至った動機はいろいろありました.人間誰でも60歳を過ぎると,そろそろ引退を視野の中に捕らえているか,あるいはすでに引退をしている年齢です.自分の時間を持てるようになり,またはそれを作ろうとする努力をするようになると,今までの自分を振り返るようになります.私の場合もその年になると誰もが罹る「書きたい病」に感染したのかもしれません.

 私が渡米したのは1972年です.
 その頃日本で出会った先輩の中に,アメリカで十分な臨床訓練を経て日本でも専門家として活躍している先生方がいました.貧しかった日本からフルブライトなどの奨学金を得て,その当時光り輝いていたアメリカに渡り各自それぞれの分野で勉強をし十分な見識を身につけ,アメリカ人の友人を作り,日本に帰国してからも第一線で活躍していた人たちです.その中には,医学の領域で私の一生の師ともいえる方々もいました.そして,私も彼らと同じように勉強をしたい,彼らと同じ経験をしたい,もしできればその経験を日本の次の世代に伝えたい,と考えるようになったのです.
 今の日本には,私と同じ頃にアメリカで勉強し,早くからその医療を日本にも取り入れようとした医師たちがいます.
 彼らはその栄光の時期のアメリカ医療を知っています.医師が自分の職業に高い誇りを持ち,その提供する医療の質を維持するための研鑽を怠らず,「患者のため」を第一義としていた時代の医療です.
 お金がかかるのも無視できた時代でした.アメリカに渡った方の多くは,いわゆるアカデミックな施設,すなわち大学や大きな研究所に付随する場で研究を中心とした経験を積んでいましたが,アメリカの医療の強みはそのような場にはなく,一般の病院や診療所で働く医師や開業医と他の医療従事者の機能と質の高さにあったのです.そして,その質を維持したり向上させたりするための設備や教育には惜しみなくお金が使えました.
 そのアメリカ医療の栄光に影がかかり始めたのはヴェトナム戦争の終わりからで,それに拍車がかかりマネージド・ケアに関連して医療経済問題が出始めたのは今から20年も前のことです.

 日本では皆保険制度がしかれていますが,アメリカでは医療費の大部分は民間企業である保険会社や病院経営会社が担っています.例外といえるのは,老人や身体障害者を対象とし政府の外郭団体で管理されているメディケアや,低所得者の福祉のために各州ごとに運営されているメディケイドと退役軍人のための医療ぐらいでしょう.メディケアが作られた1965年は,黒人の公民権運動が始まり自由平等が叫ばれ始めた頃です.年をとれば誰もが平等に医療が受けられることは良いことだと考えたのです.
 その頃の医療にはあまりお金がかかりませんでした.MRIはもちろん,超音波の機械もCTスキャンもなく,循環器の検査は心電図ぐらいの時代でした.将来,老人の数が今のように膨大に増え,それにかかる医療費も現在のように膨れ上がろうとは誰も考えなかったのです.
 民間の保険会社も医療費の急増についていかれなくなりました.出来高払いの医療費の支払いを続けるために保険料を値上げしましたが,今度はその高くなった保険料を加入者が払えなくなって保険を止めるようになったのです.現在,アメリカ国民の20%近くが何の医療保険にも入っていない状態です.
 今,アメリカ医療には統制経済の嵐が吹きまくっています.DRGとはDrug Related Groupの略ですが,日本でも厚生労働省が国公立の病院に取り入れようとしているので日本の医師にはすでにお馴染みの言葉になっています.ほかにもHMO,IPA,COBRA,HIPPAなど医療統制経済に関する言葉はいろいろあるのですが,前述のようなアカデミックな環境で良き時代のアメリカ医療を勉強した方々にはその辺の実感がありません.

 1971年,当時のニクソン大統領は医療過誤調査委員会(Medical Malpractice Commission)を設け医療過誤の実態を調査させました.医事紛争の数が増加し,賠償額の高騰化にともない医療過誤保険料が値上がりしたのはこの頃からです.それと同時に医療過誤専門の弁護士も登場するようになりました.彼らは成功報酬制を導入し,原告は勝訴したときのみ賠償額の一部を弁護士に支払うという契約を結ぶので,医事紛争が容易に起こせるようになったのです.
 医療過誤専門の弁護士の中には,原告すなわち患者の側に立つ弁護士だけでなく,医師を弁護する弁護士もいます.彼らは医師を弁護するだけでなく,医療過誤が起こっても裁判にならないように医療保険会社と一体となって医師を教育しています.
 しかし,いったん訴訟になって負けてしまえば高額な賠償金を支払わなくてはならないのですから,医者が診療拒否をするケースもあります.その最初のピークは1974年から76年にかけてだったのですが,その後もあちらこちらで頻繁に起こっています.また,医事紛争を起こされまいとして,いわゆるDefensive medicine―防衛的医療とでも言いましょうか―に奔り,「念のために」必要でないかもしれない検査をしたり治療をしたりする傾向も見られますが,それも当然のことといえるでしょう.
 医療過誤に対する法律は各州ごとに違いますが,医療過誤保険料が極めて高額であることにはあまり差がありません.多くの外科医は毎年1500万円以上もする掛け捨ての保険料を払っているのが実情です.これも医療費の高騰に繋がっています.
 医療過誤の勉強をすることは,良い医療とは何かを学ぶ際の反面教師となります.いくらアメリカで勉強したといっても,多くの日本の医師にはこうした経験はありません.

 私が東京大学医学部を卒業したのは1966年(昭和41年)です.その当時は専門に入る前に一年間いろいろな科を回って一般医学の勉強をすることになっていました.これはインターン制度と呼ばれアメリカで始められたものです.アメリカの場合は教育理念も研修体制も経済的補助もしっかりしていましたが,日本の場合は制度を取り入れただけで実際には教育体制も確立されておらず,ただ働きの一年でした.
 そして昭和41年,インターン問題に対する不満が全国的に広がりました.この年,全国の医学部を卒業した学生たちはインターンを拒否し,全国に「41青医連」と呼ぶ組織を作ったのです.東大病院は41青医連と研修協約を結び「自主研修医」と呼ぶ言葉ができました.その後インターン制度は廃止されましたが(アメリカでもレジデント制度に吸収され廃止),卒業後の医者の訓練はまったくないがしろにされてきました.大学の医局制度には何の影響も与えなかったのです.そして今ここに厚生労働省主導の新たな研修医制度が始まり,日本の医療体系に大きな問題を引き起こしています.
 いくらさまざまな問題が続出しているアメリカでも,その医学教育は依然として基本を貫き,新しい試みを導入しつつその目的「一人で患者を診られる医師を作る」を達成しているように思われます.そうして卒業し医師の免許を持っても,レジデントとして「専門医になるための研修」をする必要があります.
 最近の経済的な問題や医療過誤問題の影響を無視することはできませんが,レジデント制度は全米専門医制度委員会の監督のもと何十年もの伝統があり健在と言ってよいでしょう.アメリカの医学教育や卒業後のレジデント制度を学び最近の問題を理解することは,現在の日本の医学教育と研修医制度に取り組むための参考になると考えます.
 専門医制度のあり方も日本とはまったく異なります.アメリカではレジデントを終えて一人前の専門医になりさえすれば,一生自分の専門を続ける場,働く場があります.アメリカでは大部分の病院や医療施設はオープンシステムであり,医師は自分で病院を経営しなくても,既存の病院と契約をして自分の患者を入院させ,必要な他科の専門医と一緒に患者の検査や治療をすることが可能なのです.
 病院がその医療内容を維持するために,アメリカではJCAHO(Joint Commission on Accreditation of Health Care Organization)という医療施設認定委員会が設けられており,標準医療を提供するための監督をしています.

 アメリカの総医療費は国民所得の15%以上を占めています.その上,大部分の医療が民間企業で行われており,医療そのものが巨大な産業となっているのです.そのため,政治的なロビー活動が盛んに行われています.
 2004年のアメリカ大統領選挙の際,医療過誤の原告側すなわち患者側の弁護士の団体である法廷専門弁護士協会(Trial Lawyers Association)の民主党への献金額は際立っていました.この団体には当時の民主党副大統領候補ジョン・エドワーズも関わっていました.彼は若い頃,救急車を追いかけて患者の運ばれた病院に行き,患者やその家族と請負契約を結び交通事故や産業災害などの賠償金を取ることを仕事にしていたことから,“Ambulance Chaser”(救急車追っかけ屋)と綽名されたいわくつきの人物です.彼は,医事紛争の原告側弁護士としても成功を収めていて,61例に勝訴し約114億円の賠償額を勝ち取っています.ちなみに,その61例のうち31例はお産の際に胎児に脳障害が起こったとして訴えたものだそうです.このような弁護士がもし副大統領になっていたらどうなっていたでしょう.
 AARP(American Association of Retired Persons)という団体は「65歳以上を対象とした老人医療であるメディケアを受けられる人たちの権益を守る」が始まりの趣旨でした.経済的にも強く,また活動内容がリベラルで民主党寄りです.2004年の大統領選でも民主党のジョン・ケリー上院議員に肩入れをして多額の献金もし,イラク戦争反対の意見広告を出したり,同性愛者の権利の問題や妊娠中絶の是非について多くの会員の考えに反した行動をとったりもしました.2005年3月にはそれが新たに表面化し,問題になりました.
 製薬会社も多くの献金をして自分たちの立場,権益を守ろうとしています.アメリカでは処方薬の代金は全額個人負担が原則で,特に老人の場合その額はばかになりません.最近ではインターネットでカナダ,メキシコ,ヨーロッパ製の薬を安く購入できるようになりましたが,製薬会社はそれを阻もうとしています.というのも,薬の開発には巨額の費用がかかる上,臨床試験を経て実際に使えるようになるまで12年以上かかりますから,外国製の安い薬が簡単に入手できるようになっては困るのです.その上,医療保険会社はジェネリック(後発医薬品,いわゆるゾロ)の使用を条件にすることもありますし,前述のAARPが薬価を引き下げるよう圧力をかけてくることも製薬会社にとっては頭の痛いところでしょう.
 保険会社も選挙の結果ひいては政策の変更に神経をとがらせています.アメリカでは,なんの保険であれそれなしに生活することはできません.医療保険のほかにも,自動車保険,家の火災保険に洪水保険,それに最近有名になったところではハリケーンに対する保険というものもあります.こうした保険にアメリカの家庭が毎月支払う掛け金は,家計費に大きな影響を与えています.ところが実際請求する段になると,保険会社は何かと難癖をつけてきます.医療保険の場合には,もしそれで治療に齟齬をきたしても保険会社は患者から訴えられないように法律で保護されています.それに対し消費者組合などから文句が出ることはあっても,法律を変えるまでの動きには至っていません.それもこれも政治家への献金がものを言っているのです.
 アメリカ医師会(American Medical Association)もロビー活動をしています.会長はもちろん医師で,専従なのですが,年俸は6000万円以上になります.しかしアメリカの多くの医師は,彼らが自分たちの意見を代表してくれているとは思っていないようです.
 私の住んでいるルイジアナ州選出のジョン・ブロウ上院議員は2004年に膵臓がんの手術を受け,その後で行われた選挙には出ませんでした.その代わり製薬会社のロビー活動をする会社に高額の年俸で雇われました.彼の議員としての経歴がその役に立つことは明らかです.

 医療制度について,日本の厚生労働省はアメリカを何年遅れかで真似しています.ただ,医療の質よりも経済的側面を重視しすぎているように思われます.「医療事故を防止し安全性を考えながら,しかも経済的に効率良く医療を提供しなければならない」という相反する条件下で医療が行われているアメリカでの実情を知ることは,「日本の国民が受けることのできる一番良い医療とは何か」を考えるのに役立つと思います.

 最後になりましたが,本書刊行にあたって,寺野 彰先生(獨協学園理事長・獨協医科大学学長),寺岡 暉先生(前日本医師会副会長),上田裕一先生(沖縄県もとぶ野毛病院理事長)をはじめ,東京大学医学部昭和41年卒業の同級生の方々の御尽力を賜ったことを厚く御礼申し上げます.

 2008年8月 ニューオーリンズにて

北浜昭夫


刊行にあたって―北浜君が本書を書いた理由
 このたび,畏友北浜昭夫君が,自分の永い滞米経験に基づいて執筆した本書『よみがえれ医療―アメリカの経験から学ぶもの』が刊行の運びとなった.医療崩壊に苦しむわれわれ日本の医療者が待ちに待った医療の提言書である.北浜君は,昭和41年に東京大学医学部を卒業し,国立がんセンター勤務の後,米国にわたり,ニューオーリンズのチューレン大学で外科医として活躍してきた.その間,腹腔鏡下手術をはじめ多くの業績を挙げるとともに,現地の患者に多くの手術を施してきた.その一方で,米国の医療制度,医学教育に関しても強い関心を払い,これらを批判しながらも,わが国のこれらの制度に対して大きな影響を与えてきたのである.氏は,たびたび帰国して多くの学会や医師会などにおいて米国医療制度について優れた講演を続けてきた.小生の勤務する獨協医科大学でも,4年生を中心に講義を受け持っていただいているが,その鋭い語り口に学生は大きなインパクトを受けている.
 第二次世界大戦後,わが国の医学がドイツ医学から米国医学に急展開したことは周知のことであるが,それに伴ってわが医療界が米国に「右へ倣え」する現象が続き,今日でも米国医療を金科玉条のごとく考え,これを無批判に鵜呑みにする医療界のリーダーも存在する.その結果,今日のわが国の医療崩壊をもたらしたのだということは反省せず,医師臨床研修制度にしても,包括医療(DPC)にしても,米国制度の盲目的な直輸入が続けられ,わが国医療の混乱をもたらしている.このようなわが国の医療状況を,氏がどのように把握されているのかについても,第六章で簡潔に述べられているが,この点は改めて一書を著していただきたいと思っている.本書では,氏が30年以上にわたって米国で実践してこられた外科を中心とする医療と米国の医学教育を中心として,一定の批判を交えながら詳述しておられる.現在の米国医療もそれ自体が病んでおり多くの矛盾点が内在することは,マイケル・ムーア監督の映画『シッコ』を観れば明らかである.保険会社に完全に牛耳られている米国医療がわが国の将来の医療であるとは思いたくないが,現実はそのように進んでいる.米国の医療経済が少なくとも弱者にとっては完全に崩壊の状況に至っていることはもちろんであるが,医療事故に関してももはや手がつけられない危機的段階に至っていることも確かである.わが国においても,弱者たる高齢者医療は瀕死の状況にあり,医師の過重労働によって医療事故は増加の一途をたどっている.これに対するメディア,国民の過剰反応によって,産科,小児科,外科系などは機能しなくなり,結局,国民医療のクビを締めつける結果となっている.今般,2008年8月20日に「福島県立大野病院事件」に歴史的な無罪判決が下った.ようやく国民も医療の重大さとその矛盾に気づき始めたようであるが,今後,米国医療に限りなく近づきつつあるわが国医療の将来を厳しく見つめていかねばならない.氏はこのあたりについても米国医療の矛盾点を鋭く抽出しながら,わが国の医療の未来について深い憂慮とともに重要な提言を試みられている.われわれはこのような現実を冷厳に観察し,本当に見習うべきところはどこなのかを鋭く判断して,わが国の医療に導入していかなければならないだろう.本書はそのような目で読んでいくと実に示唆に富む内容となっている.
 では,氏がなぜこのように米国医療に関心を持ち,わが国の医療の行方に対して憂慮されるのであろうか.実は,最初に述べたごとく,氏は昭和41年医学部卒業であり,インターン闘争,医局闘争を闘い抜いてきたいわゆる「闘士」であり,それ以来一貫して医療改革に携わってきたからなのである.われわれいわゆる「41組」は,医師国家試験を二度もボイコットしてインターン制度廃止を勝ち取ってきたという自負がある.ほぼ毎年開くクラス会でもいつも話題はこの点に集中する.確かにわれわれは,いわゆるエリート街道を振り捨てて,大学医局を飛び出し全国に散らばっていったのであるが,北浜君は実に米国ニューオーリンズにまで飛び出し,自分自身の力で一流の外科医になった男である.学生時代ボート部で鍛えた体力を持って,強い意志の下に今日に至ったことを考えると心からの敬意を表したい.
 本書は,以上のような事情から,氏の貴重な経験と鋭い観察そしてわが国の医療に対する提言を,一冊の書物としてまとめてもらいたいとのわれわれの考えを汲んで執筆されたものである.医療関係者,医学生はもちろんのこと,一般の方々にもぜひともご一読いただきたい良書であると信じる.

 2008年8月 栃木県壬生町にて

獨協学園理事長・獨協医科大学学長 寺 野  彰

目次
第1章 良い医者を作るために
  良いお医者さんとは
 その1 アメリカの医学教育
  アメリカの医学教育の目的
  医学校への入学資格と入学試験
  Show and Tell
  医学校の授業料
  基礎医学の学び方
  ローテーションによる臨床教育
  臨床の経験を積み重ねるには
  医学校の卒業
 その2 アメリカのレジデント制度
  レジデント制度の歴史
  レジデント訓練の目的
  レジデントが始まるまでに
  全米卒後医学教育認定協会(ACGME)の役割
  家庭医という専門医
  外科系レジデントの訓練
  EBMによる訓練
  私の過ごした外科レジデントの生活
  レジデントの仕事時間の制限=週80時間制
第2章 医者の生活
  専門医試験
  専門医として仕事を始める
  アメリカで医療を受けるには
  医者の診療報酬請求
  医者の収入
  開業医の仕事時間
  医者の奉仕活動
  欠陥医(Disable Physician)
  医療の代行・代診(Locum Tenens)
  生涯教育(CME)
第3章 良い医療施設を作るために
  良い病院とはどのような病院か?
  JCAHO(全米医療機関認定協会)
  QA(病院内資質管理委員会)
  アメリカ心臓協会と高度救急蘇生術
  救急医療とEMT
  ナースやパラメディカルの質と専門化
第4章 医療過誤の問題
 その1 医療過誤の面から見た医療の歴史
  有史以前
  古代
  ギリシャ時代
  ローマ時代
  イスラム文化圏
  中世ヨーロッパ
  近代
  【コラム:よきサマリア人の法理】
 その2 アメリカにおける医事紛争増加の背景
  ニクソンによる実態調査の影響
  インフォームド・コンセントの概念の導入
  絡み合う思惑
 その3 医療過誤の発生とその分析
  医療過誤の発生とその分析(I) 医療に直接関係する理由による場合
  【コラム:悲劇の美人歌手】
  医療過誤の発生とその分析(II) 医療と直接には関係しない理由による場合
  【コラム:センセーショナルな報道の裏にある真実】
 その4 誤診・診断の遅れという医療過誤
  乳がんと誤診されて手術を受ける典型例を日本の症例で考えてみる
  【コラム:大学病院は日本の医療の「構造的欠陥」】
  乳がんにおける医療過誤の分析
 その5 薬剤に関する医療過誤
  投薬の間違い
  薬剤の適応の間違い
  薬剤自体の問題
  臨床試験における問題
  FDA(食品医薬品局)の歴史と役割
 その6 救急医療と医療過誤
  救急外来でトラブルが増える背景
  【コラム:コールマン対ディーノ】
  救急外来でのトラブルを避ける方法
  救急外来で医療過誤を起こしやすい疾患
  【コラム:一次救命処置(BLS)と蘇生のABC】
 その7 麻酔と医療過誤
  麻酔による医療過誤が起こる背景と実態
  全身麻酔の過程と医療過誤
  麻酔の歴史
 その8 アメリカの裁判制度の問題と医療過誤
  陪審制度
  専門家証人(expert witness)
第5章 医療経済の問題
 その1 日本の医療はお金がかかりすぎているのか
  医療費に関する各国間の比較
  老人・小児医療のあり方と医療経済
  日本の医療費は高いのか?
 その2 アメリカの医療保険制度の特徴と問題
  医療保険の種類
  メディケアとメディケイド
  【コラム:日帰り手術】
  マネージド・ケア
 その3 薬剤に関する医療経済の問題
  新薬の開発と認可
  ジェネリック(後発医薬品)
  安い薬を求めて
  製薬会社の経営実態
  【コラム:ファイザーのリストラ】
第6章 日本の医療の将来
 その1 日本の医者づくり,病院づくりの問題点と解決策
  医者の教育・訓練制度に関する問題
  病院をめぐるシステムの問題
  【コラム:医療の安全とコスト】
  医学教育・訓練制度の改革
  医療施設の改革──標準化と再編
 その2 日本における医療過誤の問題点と解決策
  日本における医事紛争の特徴
  ヒューマンエラーと医療過誤
  明らかなミスによる出来事と,まったくミスとは関係ない出来事とを区別する
  鑑定人の問題
  日本の医事紛争問題の解決への提案
 その3 医療経済の面から見る医療改革
  医療費の対GDP比を増やす
  診療報酬制の改革
  健康保険の一元化
  在院日数を短くする
  薬剤への出費を減らす
  ボランティアの活用
  不要な延命措置を避ける

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